最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)146号 判決 1973年10月18日
主文
原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人大塚忠重の上告理由について。
原審は、上告人長保の所有していた本件第一物件(第一審判決第一目録記載の土地)および上告人初恵の所有していた本件第二物件(同第二目録記載の土地。以下、本件第一物件と第二物件とを合わせて本件土地という。)が、昭和二三年五月二〇日建設院告示第二一五号に基づく倉吉都市計画の街路用地と決定され、その後執行年度割の決定およびその変更を経て、昭和三九年一月一四日土地収用法三三条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの)により被上告人が本件土地に対する土地細目の公告を行なつたこと、次いで、同法四〇条(昭和三九年法律第一四一号による改正前のもの)に基づく上告人らと被告人らとの協議が不調となつたので、被上告人は、旧都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号によつて廃止された大正八年法律第三六号都市計画法)二〇条(昭和三九年法律第一四一号による改正前のもの)により昭和三九年二月一九日収用土地の区域および収用の時期について建設大臣の裁定を求めたところ、同年三月二三日本件土地を倉吉都市計画街路事業の用に供するために収用する、収用の時期は鳥取県収用委員会による当該収用にかかる損失補償の裁決があつた日から起算して一五日目とする旨の裁定がなされたこと、被上告人は、同年三月二五日鳥取県収用委員会に対し、本件土地の損失補償についての裁決申請をし、これに対し同委員会は、同年六月二二日上告人長保所有の本件第一物件の損失補償額を五七万五一〇〇円(三・三平方メートル当り七一〇〇円)、残地補償額を三万一八〇八円、上告人初恵所有の本件第二物件の損失補償額を一三三万三二〇〇円(三・三平方メートル当り一万一〇〇円)とする旨の裁決(以下、本件裁決という。)をしたこと等の事実を確定したうえ、右収用委員会の損失補償額が相当であるかどうかにつき、本件土地は、前記のように倉吉都市計画の街路用地と決定され、その結果、建築基準法四四条二項(昭和四三年法律第一〇一号による改正前のもの。以下同じ。)の建築制限を受けるものであるから、本件土地収用による損失補償額の算定にあたつては、本件土地をこのような建築制限を受けた土地として評価すれば足りるとの解釈のもとに、本件土地の価格を右と同一解釈のもとに評価した岡田鑑定および松川鑑定等に基づき、本件裁決の損失補償額を不当と認められないと判断し、上告人らの各請求を棄却しているのである。
おもうに、土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく、土地収用法七二条(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)は右のような趣旨を明らかにした規定と解すべきである。そして、右の理は、土地が都市計画事業のために収用される場合であつても、何ら、異なるものではなく、この場合、被収用地については、街路計画等施設の計画決定がなされたときには建築基準法四四条二項に定める建築制限が、また、都市計画事業決定がなされたときには旧都市計画法一一条、同法施行令一一条、一二条等に定める建築制限が課せられているが、前記のような土地収用における損失補償の趣旨からすれば、被収用者に対し土地収用法七二条によつて補償すべき相当な価格とは、被収用地が、右のような建築制限を受けていないとすれば、裁決時において有するであろうと認められる価格をいうと解すべきである。なるほど、法律上右のような建築制限に基づく損失を補償する旨の明文の規定は設けられていないが、このことは、単に右の損失に対し独立に補償することを要しないことを意味するに止まるものと解すべきであり、損失補償規定の存在しないことから、右のような建築制限の存する土地の収用による損失を決定するにあたり、当該土地をかかる建築制限を受けた土地として評価算定すれば足りると解するのは、前記土地収用法の規定の立法趣旨に反し、被収用者に対し不当に低い額の補償を強いることになるのみならず、右土地の近傍にある土地の所有者に比しても著しく不平等な結果を招くことになり、到底許されないものというべきである。
しかるに原判決は、これと異なる解釈のもとに、本件裁決の損失補償額を相当であると判断して、上告人らの各請求を棄却しているが、右は土地収用法七二条の解釈を誤つたものというべく、この誤りは原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、さらに前記のような解釈のもとに審理を尽くす必要があるので、民訴法四〇七条に則り、これを原審に差し戻すのを相当と認め、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長 裁判官 岸上康夫 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)